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Da Nangで殴られ、また馴染む

Posted on:May 5, 2026 at 02:36 PM

Da Nangは4回目の訪問である。ここは非常に微妙な温度を含んだ街だ。単なるresortではなく、良い意味で自然淘汰が発生する街なのだ。俺は行くたびに強烈な鬱に襲われ、そこから徐々に馴染んでいくという過程を辿る。修行のような気持ちである。

Da Nangは必ずしも開放的な街ではない。青い海や空、緑に囲まれているが、滞在する度に何かが俺を不安にさせる。ビーチ側中心部のMỹ An地区は、restaurant、cafe、co-working spaceが凝集しており、かたやガチムチの男が、かたやいいケツの女が歩いている。ここには小汚いおっさんはいない。20代後半から40代後半が年齢のレンジだ。幅広い老若男女の層が居心地の良さに直結するという自分の理論に真っ向から反するエリアだと言えよう。

Da Nangには、Realityというcafeのようなevent spaceが中心部に存在する。毎日2時間程度の単位で色々なeventが行われており、たとえば月曜日にはboard game会が開催されていたり、workshopが開催されていたりする。以前、怖いもの見たさで「emotionと体の反応」のようなworkshop に飛び入りで参加したが、講師の喋っていることが何ひとつわからず退散した思い出がある。本当に怖いものを見てしまった。

そのようなtraumaはしかし血となり肉となる。筋肉と一緒だ。一時的な痛みが収まれば、もう恐れるものはない。

今回も例によって「簡単に英語を喋ってみよう」というworkshopに参加した。旅に関して何が一番重要なのかというテーマだったが、隣のロシア人が「comfort zoneを抜け出せ、勇気を出せ」と言っていたのがとても印象的だった。やはりみんな行き着くところは一緒なのかもしれない。

reality

これがDa Nangの価値だろう。Solopreneur、Digital nomadが集うこの空間は、ボトムアップ的な意思で動いている。参加は自由。参加の意思を示すことで温かく受け入れてもらえる一方、去るものには何も言わない。勇気とcommunication だけがこの無力感から救ってくれる。

俺の人生はどこか復讐を原動力としている。不可逆的に訪れるイベントの数々は、自分を無機質なマシンに変えていく。心は泣いていても何も変わらない。自分に対する嫌悪感、情けなさは許容だけではどうすることもできない。これは現象なのだ。

俺は惨めに死ぬだろう。

それが俺の運命だ。

mountain

communist